保土ヶ谷モックセンター のブログ

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PHS終了について、残念と言いましょうか、不満と言いましょうか

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 ワイモバイルが1ヶ月ほど前にPHSの受付終了を発表されました。

 近年の状況を考えるとやむを得ない判断だったと思いますが、1994年のサービスインから今に至るまでのプロセスは、PHSが持つポテンシャルや可能性をほとんど活かせなかった「もったいない」歴史ではなかっただろうかと、私は考えています。


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 1994年頃の私といえば、アルバイトで要領よくお金を稼いでオートバイの改造(合法的な)に明け暮れつつ、更にこれからの時代をリードするような文明の利器としてPHSに手を出したりと、そういう高校生活を送っておりました。

 オートバイとPHSというのは一見すると何も関係の無い工業製品に過ぎないわけですが、それぞれが日本の得意とする産業の縮図という側面も持ち合わせております。ですからこの2つの業界について私は、それなりの思いを持ってこれまで眺め続けてきました。


 しかしながら、それからおよそ20年あまり、この2つの業界はいずれも世界をリードするだけの力を持ちながらも、国内においてどんどん存在感を失い続けてきました。


 オートバイも今ではほとんど国内で生産されておらず、日本メーカーでさえ海外で作ったものを日本に逆輸入する仕組みになっていると聞きます。
 私が高校時代に乗っていたのはホンダのレブルという250ccのバイクですが、そのレブルも一旦廃盤になった後、どういうわけかアメリカで新製品が販売され、そしてそれが最近になって日本国内でも売り出されていると高校時代の同級生から聞きました。アメリカの人々がレブルの良さを知ってくれたのは嬉しいのですが、元々の作り手である日本国内が後回しになるというのは、国内情勢なので仕方ないとは言え、寂しい思いも拭えないのです。 


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 オートバイもPHSもポテンシャルを存分に活かした商品やサービスを開発して日本国内はもとより世界各国に広められれば、日本中が豊かになれただろうにと、残念でならないのです。
 とりわけ雇用情勢の厳しい地方部に生産拠点を設けて、地方の人々が故郷で働き故郷で暮らし続けられるようになる、そういう力にもなれたと思います。

 実際、PHSは台湾や中国(香港含む)でも導入されました。携帯電話よりも格段にローコストで提供できますし、その他諸々のメリットもご理解いただけたのだろうと思います。

 ですが、そこから先が続きませんでした。


 PHSが利用者を増やせないまま斜陽に陥った原因は、一つにはキャリアの力不足、もう一つは政治の無理解にあると私は考えます。


 PHSが初期の頃に利用者を伸ばせたのは若者の心を掴んだからですが、しかしながら若者向けのサービスや端末の開発が不十分で、やがて若者からそっぽを向かれてしまいました。ドコモの折りたたみ端末が流行っていてもPHS各社は依然としてストレート型とフリップ型ばかり開発していました。iモードライクなブラウジングサービスの提供も遅れました。「パケ死」が社会問題化している時も、パケ死に対応するサービスの提供が長らく行われずじまいでした。
 DDIポケットがたくさん売れていた頃の話は昔も今もよく耳にしますが、それはあたかも「バブルの頃は良かったなぁ」と思い出にふけってばかりいるおじさん達と同じで、再び若者の関心を取り戻そうとする気概に著しく欠けていたと言わざるを得ませんでした。


 政治の問題も少なくありません。最近は安倍首相が日本の新幹線や原発を海外に売り込むようにしておられますが、そういった政治の後押しがPHSにも欲しかったと私は思っていました。PHSが台湾や中国で受け入れられた土壌や理由はそっくりそのまま東南アジア各国にも通用した筈でして、そういった所からコツコツとデファクトスタンダードを取りに行く事ができなかったのは、返す返すも残念でなりませんでした。


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 携帯電話の世界は上流から下流にかけて、ことごとく海外企業にデファクトスタンダードを握られてしまいまして、今では液晶やカメラセンサーや半導体などの部品メーカーが辛うじて存在感を保っているという状況です。

 ですが、部品を作る立場というのは結構脆いものでして、やはり規格作りの主導権を取れるようでなければなりません。現在ドコモやKDDIが5Gの実証実験をやっていて2020年の東京五輪の時にはサービス提供出来るようにするとの話ですが、そういった所で世界の中心を取って、PHSが果たせなかった夢を叶えて欲しいと願っております。


 PHSとはなんだったのか。ただ記憶の片隅に置いておくだけでなく、我が国の携帯電話産業が輝かしい将来を迎えるためにも、正しく検証しなければならないと、そのように考える次第です。



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