モックセンター のブログ

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「お世話になる」だったものが「迷惑をかける」という風に捉えられるようになった時代に

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 若い人たちがインタビューなどで「今まで迷惑をかけてきた」と殊勝な言葉を述べる場面を、数多く目にする昨今です。


 その彼ら彼女らが迷惑をかけたという相手は親御さんをはじめとする親族の方や、学校の教職員の方や、勤務先の上司や先輩といった、要するに自分を育ててくれた人達を指す場合が多いようです。


 では果たして、彼ら彼女らは本当にその人達に迷惑をかけたのかというと、数十年前の感覚で言えば「お世話になった」という範疇に過ぎないのではと私は考えています。


 人間が生きていくには実に様々な人々のお世話にならずには済まないわけでして、その中には、勉強やスポーツや仕事やらで必ずしも期待に応えられない結末を迎える事も少なくありませんが、それらは「迷惑をかけた」と呼ぶにはいささかジャッジが厳し過ぎ、「お世話になった」とジャッジするのが適切なのではと私は思うわけです。



 そして、「お世話になった」でも「迷惑をかけた」でも捉え方はどっちでも良いのか?というと、それこそが時代の閉塞感を高める極めて重要な分水嶺なのでは?と、私は危惧しているのです。




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 なぜなら「人に迷惑をかけてはいけない」という考えを、実に多くの人が持っているからです。


 ここで言う迷惑とは、言い換えれば「損害」と解釈するべきで、人様に金銭的な損害や心理的肉体的損害を与えてはいけないのだと解釈できればそれで良いのですが、「お世話になる=迷惑をかける」の解釈の延長線上で「迷惑をかけてはいけない」と考えてしまうと、人間はほとんど行動も成長も出来ない事になってしまうのではないでしょうか。

 そして、特に真面目な人ほどそういう方向へ向かいかねないと危惧をしているわけです。



 私は平素から携帯ショップの店員さん方と関わる事が多いのですが、携帯ショップで働いているのは圧倒的に若い人が多く、そして非常に真面目な人が多く、だからこそその「迷惑をかけてはいけない」の心理が過剰に働いている人と、かなり多く接していて、率直に言って恐さを感じています。


 このままで良いのか?という恐さです。



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 「迷惑をかけてはいけない」が過剰に独り歩きしているこの時代に起きている弊害が少子化であったり消費の低迷であったり子供の自死であったり、人生をつまらなくする方向になっているわけでして、インバウンドではっちゃけている外国人観光客との大きな違いをそこに感じたりもしております。


 だからこそ、少なくとも、「迷惑をかける」という言葉をもう少し抑制して、「お世話になる」と言い戻すように世の中の空気を変えていく必要があるように、私は考えています。



以上